ファームシャングリラ 農業で叶える人と自然が共生する未来 / 著者・山岸暢 / 幻冬舎
競争より自然
会社員を辞める時に自分の中、いや最後の挨拶の時にも職場の人たちの前で宣言したことでもあるのですが、便利さよりも豊かさを探求していきたいというのが自分の人生のテーマでもあったりします。色々なことの機械化が進む便利になってくる世の中で人の労力というものを考えさせられるような時代になってきています。けれど、お店の掃除などはルンバなどのお掃除ロボにお願いするのではなく、箒でしっかりと時間をかけて掃くことでお店というものに対してのケアをしている実感が自分の中に宿ってくるのです。この感情っていうのは意外と見過ごされがちですが、自分自身の労力が目にみえる形、つまり綺麗になったということで認識できるのだと思います。目的に効率的に向かい、それだけに盲目になってしまうことなく、もっと大切なことやプロセスにも目を向けてみる必要というものがあるのではないのでしょうか。
畑に出ているとそういった自然な労働というもののオンパレードです。草刈りや種降ろし(種まき)など人の手という労働を施すことでそれが現象として変化していく様を間近で見られ感じられることは、何よりもの豊かさであり、それは誰かと競って勝つというある種の“快感”ではなく、自分を信じること、つまりは自信につながっていくことなのだと思います。
そんな自分を信じたこと、そしてその経過を伝えてくれるのが、本書『ファームシャングリラ 農業で叶える人と自然が共生する未来』です。著者であり経営者の山岸さんが自身の経営する会社の新規事業として、淡路島に農地を構え、知識も経験もゼロの状態から自然農法の実践に取り組み始め、そこで感じたことや取り組みなどがまとまっています。
そこで語られているのが『ファームシャングリラ構想』です。
競争社会では、必ず勝者と敗者が生まれます。他者と争い、比べ合い、奪い合うことに没頭するうち、人々はやがて自分らしさを見失い、生きづらさを感じて追い詰められてしまいます。
著者はかつて、利益を出すことが商売のすべてだと考えて起業した経営者の一人でした。しかし、利益の追求だけに必死になっている自分を振り返り、シェアや利益を他社と競い奪い合っていても誰も幸せにはなれないと気付いて、利益重視の考えを改め、幸せを追求する事業の構想をもつようになりました。
「ファームシャングリラ」は、農業を通して自然の一部としての人間の生き方に立ち返ろうという、著者の抱く理想の実現に向けた活動です。
著者の立ち上げた農園では、従来の「貸し農園」などとは違い、個人が区分所有するのではなく参加者全員が共同で同じエリアの栽培に従事しています。自分のために活動することが周囲の人のためにもなり、ほかのメンバーが活動することによって自分も恩恵を受けることができます。
理想に共感してくれる仲間たちとともに農業に取り組むうちに、世の中やお金に対する著者の見方は変わっていきました。みんなで手掛けた作物が育つ喜びは格別のもので、利益や競争を第一に考え他者から奪い勝ち取ったものとはまったく別の達成感と幸福感を与えてくれる――著者はこのファームシャングリラを通して、人間らしさや生きることの意味について考えを深めることができたといいます。
本書では、利益を追求する生き方や社会に対して著者が抱いた課題と、その解決策として著者が実践しているファームシャングリラの活動について詳しくまとめています。人間らしい生き方とは何か、立ち止まって考えてみるきっかけとなる一冊です。
競争ではなく、自然であることは一体どんなことなのでしょうか。
<目次>
第1章 自分たちの利益のために、他者を犠牲にすることへの違和感 資本主義の現状に疑問をもち、たどり着いた農業の道(淡路島の地から目指す理想郷;野菜作りを通して地球環境について考える ほか)
第2章 自然と向き合うなかで気づいた命を育てる喜び 農業を通じて学んだ人間本来の生き方(農地は淡路島で即決;これが自然農、と言い張ることがもはや不自然 ほか)
第3章 すべての生物と共生する自然農法へのこだわり 農業を通して幸せな社会をつくる「ファームシャングリラ」(自然に逆らわない;障がいを持つ方の力を借りて ほか)
第4章 人間と自然が共生する未来へ―健康な土壌や作物を作り続け、地球再生に貢献する(自然に触れたいという願望は、誰のなかにもあるはず;農地に行けない人でも、今すぐにできること ほか)
山岸暢
1964年京都生まれ。1993年29歳のとき、金儲け目的で上京し家電空調工事の元請会社として株式会社タナット創業。2005年にmizu事業をスタートさせた。環境問題に問題意識をもち、命のもとになる農作物の工業製品的製造に違和感を覚え、2017年に淡路島で株式会社タナットネイチャーLabを立ち上げ、完全無農薬、無肥料、無消毒の野菜の生産を始める