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風景との対話

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風景との対話 / 著者・東山魁夷 / 新潮社


 

美を求める心



人生に深く影響を与えた本というのはそうそう簡単に見つかるものではないかもしれませんが、かといって見つかる時には何の予兆もなしにポンと目の前に現れるものなのです。この一冊がわたしの人生で紛れもなく深いところに作用している一冊といってもよいでしょう。

信州・上田に移住してくる前、数年かけてどこを移住先にしようかと妻と一緒に長野県内をショートトリップを繰り返している時期がありました。そして長野市を旅しているある時、善光寺に参拝した後、とある一軒の古本屋に立ち寄りました。哲学書など一筋縄では読めなさそうな気骨のある本が整頓されつつも所狭しと並ぶ中、この『風景との対話』というタイトルが目の前に現れ、次の瞬間に手を伸ばしたことを今でも覚えています。

ページを捲ると著者であり日本画家の巨匠でもある東山魁夷の絵画をとおして感じた随想がまとめられた一冊でした。本の内容は、東山魁夷がどのように絵画、そして日本画の世界へと足を踏み入れたのかということや作品を作っていく上での葛藤や着想などがまとめられているのですが、その時の風景や情景が浮かんでくる言葉と美しく無駄が無いそれらの配置に心の底から驚いたことを今でも覚えています。というよりも、読み返す度に新たな発見や気づき、読後の感情もその時々で異なるのがとても不思議な一冊なのです。そしてそれは東山魁夷の絵画を鑑賞した時の感情と似ていることにも気付かされます。氏の絵画は風景画が多いのですが、単純な写生ではなくその時に感じた心の情景を絵画として表現しているからこそ、先述した感情になるのだということが本書を読むとより理解が深まるかと思います。

この『風景との対話』は、異国に対する憧憬と日本に対する郷愁が織り重なりながら編まれていく根源的な美しさに触れられる機会、そして読後体験があります。それは、東山魁夷の言葉を通して自分のこころにある『美』を覗き込むことなのかもしれません。ぜひあなたの美意識を感じてみてください。




<書評>
美しくさはやかな本である。読んであて、自然の啓示、人間の浄福が、清流のやうに胸を通る。これは東山魁東といふ一風景画家の半生の回想、心の遍歴、作品の自解であるが、それを通して、美をもとめる精神をたどり、美の本源をあかさうとするこころみは、つまり、個を語って全を思ふねがひは、静明に、温和に、そして緊密に果されてゐる。散文詩のやうな文章が音楽を奏でてある。

東山氏は東と西(東洋、日本と西洋)、北と南(北欧と南欧、あるひは日本の北と南)とを、体験と教養とで生き、文学、音楽も理解以上の愛着が深いが、その広さはこの「風景との対話」にも、豊かさ確かさの落ちつきとなってゐる。日本画家、風景画家としての運命の自覚を語り、日本の美の知覚を伝へる明りとなってゐる。また、旅を人生とも芸術ともし、流転無常を人間の運命とも観じながら、そして、孤独要感もうちにひそめながら、万物肯定の意志を貫き、自然に新鮮な感動を常とし、謙虚誠実の愛情に生きる、風景画家東山氏の本質は、この書にも、私たちに親しい調べで高鳴ってゐる。すぐれた美の本である。

川端康成



東山魁夷
横浜市生れ。東京美術学校日本画科卒、研究科修了。ベルリン大学哲学科美術史部中退。研究科では結城素明に師事。1947年日展で「残照」が特選・政府買い上げとなり、1950年日展出品の「道」で大きな評価を受けた。1956年「光昏」により芸術院賞受賞。1969年毎日芸術大賞受賞、文化勲章受章。1968年皇居新宮殿壁画、1981年唐招提寺御影堂全障壁画を完成。『わが遍歴の山河』『風景との対話』など多数の画文集がある。

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