ピアノを尋ねて / 著者・クオ・チャンシェン、翻訳・倉本知明 / 新潮クレストブックス
人生の調和
天賦の才能を持ちながらピアニストの夢破れた調律師のわたしと、再婚した若い音楽家の妻に先立たれた初老の実業家。中古ピアノ販売の起業を目指してニューヨークを訪れたふたりが求めていたものとは――。作中にシューベルト、リヒテル、グールド、ラフマニノフといった巨匠の孤独が語られ、「聴覚小説」とも評された台湾のベストセラーの『ピアノを尋ねて』。
この小説の中でピアノの音が鳴る仕組みが語られている。鍵盤から張られた弦に振動が加わることで、音色が広がっていくというわけなのだ。調和の取れた音というのは、打つ側と打たれる側、もしくは叩く側と叩かれる側がちょうど良い比率の力が加わった時に美しい音となって共鳴していくということなのだろう。
それは人と人との関係性も同じことのように思う。
片方が片方に対して一方的なチカラを加えてしまうことで、ともするとその一方は折れてしまうことだってあるはずだ。それぞれの個性にあったチカラが加われば、そのには美しい調和が生まれるのだろうと感じる一冊。
美しいピアノジャズを流しながら、秋の夜長におすすめです。
▼Higashiyama Akira 東山彰良
文学におけるポリフォニーとは何か? この本を読んで、曖昧模糊としていたその精神的な薄暗がりに、光が射し込んだような気がした。主人公の調律師は屈託にまみれ、正しくも美しくもなく、おまけに若かりし日の後悔が刻印された一台のピアノに縛られて自由にすらなれない。それでも巨匠たちの音楽と人生は、ポリフォニックに彼を導く。正解などない。人の数だけ価値観があり、価値観の数だけ声がある。最良の選択は、たぶん、いくつもの声が指し示すその先にある。肉体という足枷をつけられた魂は、そうやってゆるやかに解き放たれてゆく。
▼甘耀明 カン・ヤオミン
猫の足跡が作った音符のような軽やかな言葉で、魅力的な物語を奏でつつ、人と音楽、そして感情の間で魂の帰する所を包み隠さず吐露する。蒼茫たる雪景色と波瀾万丈の人生は、このように互いを映し出し、ただ郭強生の本作だけがその重みに耐え得ることができるのだ。これは読む者が心惹かれる小説である。
クオ・チャンシェン
1964年生まれ、劇作家、エッセイスト、小説家。国立台湾大学外国語文学学科卒業、ニューヨーク大学で演劇学の博士号を取得、2018年から国立台北教育大学言語創作学科教授。1987年に短編小説集『作伴(仲間)』でデビュー。1989年に渡米し、アメリカ在住の台湾人劇作家として活躍する。2000年台湾へ帰国、劇団「有戯制作館」を設立。2012年発表の初の長編小説『惑郷之人(惑郷の人)』で第37回金鼎賞を受賞した。2020年に発表された『ピアノを尋ねて』は、台湾文学金典奨、Open Book2020度好書賞、2020金石堂年度十大影響力好書賞、2021台北国際書展大賞、第8回聯合文学大賞など、主要文学賞を総なめにした。
倉本知明
1982年、香川県生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科修了、学術博士。文藻外語大学准教授。2010年から台湾・高雄在住。訳書に呉明益『眠りの航路』、王聡威『ここにいる』、伊格言『グラウンド・ゼロ――台湾第四原発事故』(いずれも白水社)、張渝歌『ブラックノイズ 荒聞』(文藝春秋)、游珮芸・周見信『台湾の少年1~4』(岩波書店)などがある。