それからはスープのことばかり考えて暮らした / 著者・吉田篤弘 / 中央公論新社
のんびりとした「やさしい時間」
商店街を歩くことが好きです。というのも以前東京の戸越銀座という日本有数の長さを誇る商店街のある街に住んでいて、武蔵小山という別の駅からの商店街エリアを含めると2km以上は連なるそんな商店街でした。
それらの商店街は、コンビニエンスストアやドラッグストアなどの街の姿を均一化するようなチェーン店は最低限に抑えられ、こんなお店成立するのかといったような出立だったり、そもそも何のお店なのかもはっきりしないような、不思議で怪しいお店も肩を並べてそこに佇んでいます。そこを歩いているとまさしくのんびりとした空気感が漂っていて日常の中の非日常を味わえる体験だったので、よく用事もないのにブラブラとしていました。思えば私みたいにブラブラしている人たちで溢れていたのかもしれません。けれど、そういった姿が街を彩りそして街に漂う味となっていたことは誰しもが気がついているはずなのです。
本書『それからはスープのことばかり考えて暮らした』は著者の吉田篤弘さんが幼い時に住んでいた世田谷・赤堤というエリア(世田谷線の松原駅と山下駅の間にあるエリア)に着想を得て描いた路面電車の走る『月舟町』という架空の場所が舞台のお話です。架空とは言いましたが、隣町にある『月舟シネマ』などは、赤堤の隣町の下高井戸にある『下高井戸シネマ』というミニシアターをイメージさせるし、物語の中に出てくる『3(トロワ)』というサンドイッチ屋さんは、下高井戸の商店街にあっても全然違和感がないなと勝手に創造を膨らませてしまいます。
さて、内容はというとこの『月舟町』という町に越してきた青年(フリーター)の日常がこころや気持ちの描写が丁寧に描かれた物語で、そこで生きている人たちとの言葉のやり取りの中でハッとさせられるシーンがいくつかあります。中でも一番ハッとさせられた文章をここで紹介します。
便利になって快適なはずの現代社会に流れる空虚のような感覚を的確に指摘しているようです。この物語には著者の吉田さんらしいものの見方を主人公や登場人物を通して伝えてくれています。
ページをめくれば、のんびり太った「やさしい時間」が流れています。
吉田篤弘
1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『おやすみ、東京』『天使も怪物も眠る夜』『奇妙な星のおかしな街で』『金曜日の本』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『物語のあるところ――月舟町ダイアローグ』など多数。