月とコーヒー デミタス / 著者・吉田篤弘 / 徳間書店
取るに足りない物語
自分のお店をスタートしてから早4年目となり月日の流れの早さに驚きを隠せない。
初期の頃の常連さんだった方、今も足繁く通ってくれる紳士、仲睦まじいご夫婦、お店に来てくれたことがきっかけでお仕事に携わらせてもらっている職人さん、ふらっと立ち寄ったご近所さん、一年に一度のマラソン大会の前日に必ず立ち寄ってくれるランナーさん、オンラインショップで購入してくれたことをきっかけに旅の合間に立ち寄ってくれた優しい方、これからの進路に迷いながらも今を楽しんでいる大学院生など、さまざまな方たちが面影 book&craftをその方たちの日常の中の一コマに名もない私たちのお店を仲間に入れてくれているようで、それはとても喜ばしいことだと思う。
私たちとしては、まるで交差点の真ん中に立ちすくみ、行き交う人たちを眺めているような気分なのだ。そしてお店をスタートした頃からそう思っているのだが、その行き交う人たちはどういう訳か個性が滲み出ているような愛らしさを感じてならない。いつかお店に来てくださった方々を題材やモチーフにした小説などを認めてみたい。もちろんそれは取るに足らない物語にするつもりなのだ。
そんな思いを再起させてくれたのが本書『月とコーヒー デミタス』。前作『月とコーヒー』は今の時代には珍しい6万部超のロングセラーとなっている吉田篤弘さんの短編集だ。本作も吉田ワールド全開のとっておきの小さな物語たちが一冊にまとまっている。
◎火星が最も地球に近づいた夜の小さな奇跡
◎〈まっくら都市〉で〈こころ〉を探すモグラの冒険
◎駄目なロボットによる素晴らしいオーケストラ
◎〈トカゲ式ゴム印〉と世界の果ての地球儀屋
◎夜を青く塗り替える、〈貴婦人〉という名の石炭
◎空を飛べなかった男と、ほろ苦いビター・チョコレート
◎〈白紙屋〉の白い手袋と三人の年老いた泥棒
といった具合に、どの物語も“ここではないどこか”の世界へと誘ってくれる一助になるはずだ。
今夜は少し遠いところへ
出かけてみませんか。
世界の片隅に生きる
ささやかで優しい
誰かと誰かのお話を
あなたにお届けします。
吉田篤弘
1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、クラフト・エヴィング商會名義による著作とデザインの仕事を手掛けている。著書に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『イッタイゼンタイ』『電球交換士の憂鬱』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『おやすみ、東京』『天使も怪物も眠る夜』『流星シネマ』『なにごともなく、晴天。』『中庭のオレンジ』『羽あるもの』『十字路の探偵』などがある。