Change your tomorrow

季節が一週間ごとに秋へと歩みを進めているような気がする。夏の日差しが弱くなってき始めたころからランニングを再開させた。何度目の再開なのだろう。そもそも走りたいのに、2ヶ月ごとに春花粉の季節や梅雨、梅雨が明ければ猛暑や夕立があってなかなかランニングをするタイミングを逸してしまっていたのだ。

そんな中、ここ1ヶ月は季節が過ごしやすい秋に進んでいるので週に2回はランニングに出られるようにはなってきた。普段の仕事柄、何か文章をまとめたり、デザインしたり、企画書を作ったりとデスクワークでPCと対面していることが多いので、流石に運動をしないと体調不良に陥りそうになる。お決まりのコースは、進んでいけば新潟県上越市まで抜けることができる江戸時代に整備された「旧北国街道」を走り、上田城を周回するコース。善光寺への参拝のために整備され、佐渡の金を江戸に運ぶ道として重要な役割を果たした街道ということもあり、大通りではないけれど、普通の道幅とは少し異なる広めの道幅の脇に古い木造建築やそれらを壊し大正時代の頃に建てられたレトロモダンな建物を見ながら走っていると、時代を飛び越えた気分にさえさせてくれる。2、3週間も継続してみると、さすがは標高500m以上のナチュラルな高地トレーニングということもあり、息は切れてくるのだけれど、酸欠で苦しくてもう走れないというようなことはほとんどなくなってくる。

すると見慣れたコースであっても些細な発見があったりする。横断歩道を渡るため通りすぎる車を足踏みしながら待っている時に、その近くにあるお寺の掲示板に「明日の天気は変えられないが、明日の自分は変えられる」と標語が書かれているのが目に入り、ハッとさせられついは足を止めてしまった。

書かれていることは至極真当で当たり前のことなのだが、昨年来、人智を超えた禍中に晒されている世の中で過ごしていることで、何か自分の身の回りの“世界”は、他の誰かから手を差し伸べてもらわないと変化できないかのように錯覚してしまっている気がしてしまっていた。けれど、なるほど、よく考えてみれば自分の考え方次第で何事にも自由に“世界”を想像し創造することができるということを思い出させてくれたのだった。思えば、マガジンの取材で北欧諸国をぐるぐると回っている時の飛行機待ちのゲート前で搭乗を待っている時によくこういった気分になったもんだ。自分が会えると思ってもいなかった人と実際に会話し、その方たちからのインスピレーションを得て、次の旅への期待感にこころを寄せる。
改めて、明日に少しの変化をもたらすために、今日も走り続けていたいものだ。
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